丁寧に木綿の手触りで音を編む、穏やかに幸せを織り込めるように、丁寧に暮らそう。

サリーガーデンの09年の演奏(トラックバックhttp://gypsy-violin.at.webry.info/200909/article_13.html)、そうだなぁ、こういう手触りの音ってなかなかバイオリンのCDなどで聞くことがないかもしれないね。

高度な演奏技術を組み合わせた、ハイテクな曲もあれば、アイリッシュのAirのようにそこそこの演奏技術でも弾くことができる曲がある。

でも、技術的なハードルが低いからといって、音楽として稚拙か?というと、そうではない。むしろ、こういう素朴な音楽は、本当に心が穏やかなときでないと、作り物になってしまうね。。

このテイクのよかったところは、演奏前に楽譜上で少しうちあわせただけで弾いたことが一つだけれど、そういう弾き方だったから、最初にバイオリンで1コーラス、ソロで弾いたフィーリングを、ベースとピアノとティン・ホイッスルの演奏者がしっかりと受け止めてくれたことがとても大きい。

オブリのバイオリンフレーズは瞬発力でその場でつくるわけだけれど、あとで楽譜に起こせば、そんなに難しいことはひいていない。でも、むしろ、簡単すぎるぐらい。

でも、このとおりの譜起こしをして、譜面で演奏者に渡して、こういう音になるだろうか?それはそうはならないね。

その場で、音の網目をしっかりと繋ぎあって、でも、主体性のある音で、しっかりと一つの作品を編むことができて、幸せな音が生まれるのですね。

そしてラストのritの後のトリルの速度と数、これは、まったく直感的にインスピレーションがぴったりと合った結果。

タイミングも数も音のニュアンスも、吸い寄せられるように1つの方向に昇華して、こういう終幕をセッションで経験することはとても難しい。

一緒に弾きながら、自然にフィーリングを合わせていく、そういう意味での知性と感性が必要なのだなぁと、改めて思うわけです。

それは、音楽だけでなく、なにごとにも丁寧に生きるという、そういうことがなければ、技術だけではできないことなのだと思います。

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そして連想するのは、花森 安治 (はなもり やすじ).

まだ日本が物質的に豊かでなかった時代に、でも、戦後の成長期にともすれば見かけの豊かさと本当の幸せをとりちがえがちな時代に、丁寧な暮らしを提案し、

そして自由に発想する豊かな感性もしっかり大事にとのメッセージを発信されつづけていたことを。.

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