原稿

プロフィールに替えて

バイオリンを弾き、バイオリンを製作・修復しています。2009年皆既日食の日に50歳を迎えた時に、突如ライブ活動に目覚め、地元のプロと一緒にライブ・イベント・高槻や大津のジャズフェスでジャズやジプシースイングを弾きはじめ、一方で、2013年から3年かけて大阪の工房でバイオリン製作を習って、私史上2台目のバイオリンを完成してきました。
2018年1月に東京に単身で移動して、4月にバイオリン製作学校の夜間部に入学して、現在は土曜・日曜の午後、製作を習う若い方々と共に、3台目の製作と古い楽器の修理・修復を習っています。

弾くことについて
いつから弾いてるのか、よく聞かれます。本当は小学校の高学年からですが、面倒くさがりな性格なので、生まれた時に手にバイオリンを持ってたらしいです、と答えたりしてます。もともと運動神経は良くない方なので、そんなに凄いバイオイン弾きではないです。でも、長く弾いた分だけ上手になっていくのは、どんな楽器でも同じです。自転車に乗るのと同じで、カラダが覚えたことは、そう簡単には衰えないので、やればやるほどに楽しくなっていきます。

バイオリンを習う場合、殆ど、クラシックから始めることになります。教則本も先生もクラシックは充実しているからですね。私は、社会人になってからの方が習った期間は長いのですが、最後にクラシックを習ったのは、お家を売ってストラディバリを購入したことで知られている先生が塾長をされている弦楽塾です。入塾オーディションのときは、かなり下手でしたが、仕事をしながら4年程通いました。
40歳位の頃、塾長がレッスンの後で、あんた上手やなぁなんでも好きに弾いて、自分の子供は自分で教えたらいいよ、と言ってくれたので、真に受けて、以来、好きに弾いています。

即興演奏ついて
バイオリンが活躍する音楽ジャンルは、クラシックだけはなく、アイリッシュ、ブルーグラス、カントリー、ラテンやインド音楽など、様々ですが、私は大学生の頃から、ジプシースイングが好きなので、スイングを中心に弾いてきました。ジプシースイングはギターとベースで弾くことが多いのですが、バイオリンではステファン・グラッペリという偉大なスイング弾きが居ました。

ジプシースイングは、即興演奏が中心です。楽譜には元の曲のメロディとコードしか買いてなくて、演奏時は元曲の進行をはずさないように、でも自分の感性で、その時の気分と場の雰囲気に合わせてメロディに作って表現していく即興芸です。ジプシースイングは、リズムがジャズに似ているので、ジャズバイオリンと呼ばれることもあります。日本人では中西俊博さんもジャズを弾かれることが多くなってきましたが、葉加瀬太郎さんのようなポップスとはすこし違うジャンルの音楽です。ジプシー音楽がジャズに影響されて、ギターのジャンゴ・ラインハルトが完成させたのが、ジプシースイングです。

ジャズは習うより慣れが必要な音楽で、たくさん弾いて覚えていかないと弾けません。最初は、アドリブのフレーズが出てこなくて立ち往生しますし、セッションで一緒に弾いていても、アドリブ中に、どこを弾いているのか迷子になって落ちたり、演奏中に他の演奏者に掛け合いを仕掛けられ煽られてビビったり、とにかく海千山千百戦錬磨の先輩達に揉まれて覚えていくのです。私もいろんなセッションに参加したり、セッション会を主催したりして、少しずつ覚えていきました。

演奏する時は、ピアノやベースやギター、ボーカルやドラムスとバンドを組んで、ライブバーで弾いたり、依頼されて、和歌山マリーナシティやファッションブランドのショーなどのイベントの音楽演奏をしたり、ピアノとデュオでライブ演奏をしたりですが、小さな会場で、お客さんの前で弾いたり、演奏の合間にMCトークをしたりしてきました。

さて、弾く方はそんな感じですが、東京に来てからはライブはお休みです。弾くなら仕事としてギャラを貰うことに決めていますし、時間や体力にも限界があります。

今は、バイオリン製作修復に集中しています。

楽器を作ることについて 
いつ頃からバイオリンを作っているのかめったに訊かれません。知られてないからです。子供の頃から、音が出るものが好きで、ハーモニカやリコーダを一日中ピーピー鳴らしていた喧しい子供でした。バイオリンを弾くようになってからは、とにかく、音を出したくて、あれこれLPを聴きながら、ソリストの弾くカッコいい音の出し方を真似しようとしていました。

けれど、楽器は安物でしたし、3/4の子供サイズでしたので、さすがに音量も出ず、なんとか、自分で最高の楽器を作ろうと思い立ったようです。身の回りの木材をかき集めて作りはじめたのが、中学生の頃でした。余談ですが、映画「耳をすませば」の聖司くんも劇中で裏板のボタンを切ってしまう失敗をやってますが、中学生ならあれでも優秀すぎると思います。

バイオリンは、表の板、裏の板が独特の曲線でできているのですが、当時の安物は量産の為に、薄板を高圧でプレスして曲面を作っていました。楽器をよく見ると元が平面の板であったことが分かります。そこで私は、木材でプレスの木型を作り始めたのです。プレスされる方の材料はカステラの木箱の蓋から形作ったものでした。肝心のプレスは?、できる訳がありませんよね。高温に加熱して油圧をかけないと無理です。

初回のトライは敗退したのですが、そのあとも、ずっと情報や材料を集めていました。作り方や材料についても、当時はWebもなかったので、書籍や雑誌の記事などを頼りに少しずつ情報を集めて、正しくは厚板から曲面を削りだすのが正しい作り方であることや、材料は国産の板屋楓ではなく欧州産のメイプル材で、表板は松ではなくスプルースという材料であることも判ってきました。

子育てに忙しいある日、ふと、楽器屋に訊けばいいんだと思い立って、文京楽器に材料が欲しいと手紙を書いて材料を分けてもらって、1台目の楽器を独学で作ってしまいました。今見ても、工作は下手すぎで失敗の見本市のような出来ですし、期待したような艶やかな音にもなりませんでした。

2013年のある日、堂島で関西バイオリン協会の新作展示会があり、そこで葉加瀬太郎さんの楽器を作られた馬戸工房さんと出会いました。その時、試奏さてもらった健一さんの楽器がすごく良く、欲しい楽器でしたが価格も良くて諦めたのですが、数か月後に、もう一度弾いてみたくなってコンタクトしました。楽器は売れた後でしたが、製作を教えてもらえることになり、2台目の作製を始めました。教室は、プロ養成ではないのですが、内容は学校で教えている通りで、2、3人の少人数で習えてとても良かったです。2013年からニス塗りを含めて足かけ4年で2台目を完成しました。音がパワフルでソリスト向きの、そこそこ良い楽器ができました。

聖地巡礼について
バイオリンの製作といえば、周知のとおり、イタリアのクレモナが聖地の一つです。あと同じイタリアのミラノや、ドイツのミッテンバルトやフュッセン、フランスのミルクール、あとマイクノイキーヘンなどもご存じかもしれません。日本では、やや過剰にイタリアが崇拝されていますが、古いドイツの楽器の系列にも、良い音の楽器があります。いずれにせよ、クレモナとミッテンバルトが二大聖地と言ってよいと思います。

クレモナに行きたい
独身の頃、クレモナに行ってみたかったのですが、たまたま、同僚が合コンを企画をして、人数合わせで頼まれて参加したときに隣になった女子が、行きたい国ある?と訊いてきたので、イタリアかな?と返事したのがきっかけで、イタリアに新婚旅行に行くことになりました。人生の落とし穴です。

とりあえず飛行機でローマに入って、それから旅をしながら宿をとる風来坊旅行で、クレモナにクレモナには、ストラディバリ博物館がありますが、書籍で知っていた工房を訪ねて見学し、ストラディバリが住んでいた家を見て、公園にある彼の墓石のモニュメントを訪ねて、墓石に座ったりしてきただけです。

ミッテンバルトにも行きたい
勤続10年の長期休暇で、子供2人も連れてミッテンバルトに行きました。ここは観光化されていないので、日本ではあまり紹介されていません。友人が以前に泊まった民宿に部屋を借りて1週間ほど滞在しました。子供達が小さかったので、あちこちでドイツ人観光客のビデオカメラを向けられました。ドイツ人にも外国人の子供って可愛くみえたのかもしれません。オクトーバーフェストのシーズンで、本場の生ビュルストを茹でて地ビールを呑み、もちろん、工房を見学したりしてきました。

巡礼の効果について
製作を習うわけでもなく行っただけですが、その後、バイオリンの製作を習う上では、とても役に立ってます。製作学校の師匠はドイツマイスターで講師もイタリアで修行しているので、普段の作業をしながら、クレモナの話や、ドイツの話がいろいろと出てきます。たった数日ですが、行って見てきた実感があるおかげで、先生から聞く話が、実感としてよく伝わってきます。師匠との会話もスムーズになって、話の流れから、カリキュラムにないワザを口頭で教わることもあります。何事も一人でコツコツと鍛錬するだけでは、進歩の速度にも限りがありますが、先輩との交流で知らず知らずのうちに加速されていくように思います。

製作学校について
クレモナには国立のバイオリン製作学校があります。ミラノやミッテンバルトにも学校があります。クレモナは映画の 耳をすませば で天沢聖司くんが行ったことになってるので、皆さんよくご存じですね。
製作学校では、とにかく、作ります。演奏と同じで、頭で覚えてもできないので、カラダを動かして作りながら覚えていきます。製作の歴史はあまり習いません。なので、学校で習っている生徒達の多くは、今習ってるのは、クレモナでストラディバリがその師匠のアマティから習ったそのままの内容と思っていると思いますが、違います。

バイオリンの進化について
バイオリンの発祥の地については諸説ありますが、資料的証拠に乏しく、伝説に近いので割愛します。17世紀に活躍したイタリアのアマティ一家、門下のストラディバリ、ガリネリなどクレモナで18世紀に最盛期を迎えたバイオリン製作は、その後、一度衰退していきます。理由は諸説ありますが、19世紀にバイオリン発達の主流はフランスに移っていきます。

フランスでクレモナの名器を研究した製作家がビヨームです。ビヨームは多くのイタリアの楽器をコピーして発展の素地をつくり、パリの製作者していたフランソワ・リュポなどが改良を続けていったのです。この頃のフランスの楽器には音が良いものがたくさんあります。その技術は、各地のバイオリン製作に影響を与えて、イタリアにも影響を与えています。例えば、現代のバイオリン製作学校では、側板の高さをネック側から次第に高くするように教えますが、これはフレンチの典型を取り入れた結果と言われています。

ニスについて
ニスについては過去につくられた様々なおとぎ話があります。正しく整理するのは難しく新たな誤解も生みかねないので割愛します。ともあれ、仕上げに使うニスは、時代とともに変遷したようです。
現代の学校では標準的にアルコールニスを教えますが、古い時代からオイルニスも使われてきています。オイルニスは油絵のワニスと同類の技術です。現在も、多くの製作家がオイルニスを作品の仕上げに使っています。オイルの仕上がりは、艶がすこしマットで落ち着いた風合いになり、私はオイルの方が好きです。音は、どっちを塗ってもたぶん大差ありません。ニスは音に多少の変化を与えますが、基本的には白木で完成した楽器の音がドラスティックに化けるものではありません。

楽器の音について
製作学校を出ただけでは、バイオリン製作の歴史や製作家の系譜などはあまり勉強できてません。まして、300年の間に世界の様々な製作者が作った作品の音についての知見は製作だけでは身につきません。
バイオリンの音について多くを知りたければ、たくさんの楽器を実際に弾いてみて、その形や年代の違いを、確認して、経験を積み重ねることです。弾いた感触は書籍やCDでは伝わりません。楽器のレスポンスは、弾いて感触として確認しなければ判らないものです。
正確に記録している訳ではありませんが、展示会に出かけた回数や、そのたびに試奏した楽器の数をざっと勘定してみました。ちょっと触った程度は排除してしっかり試奏したと思われる台数が2000台以上になると思います。たくさん弾くと書籍やメディアで伝わる情報の虚実がよく判ってきます。お薦めです。

修理の勉強について
単身で東京に移動して2か月余り、怒涛のの研修と試験に一心に取り組んで、3月に無事に合格したところで、行きたいと思っていた、バイオリン製作学校に入学しました。平日は仕事、土日はバイオリン製作学校でドイツのマイスターから習っています。ということで365日ほぼオフがありません、体力ギリで、時間もギリですが、そろそろ1年半になります。3年間ならなんとかなるでしょう。
師匠には入学の前から楽器の修復を習いたいとお願いをしていて、他の生徒が製作してから後に研究科で習う修理修復を、最初から習っています。私は先に楽器を製作しいるので飛び級状態です。

なぜ修復なのか
みなさまもバイオリンについて色々耳にされて、ご存じと思います。一番肝心な、音の良し悪しは、何で決まるのでしょうか。イタリアのクレモナでアマティ、ストラディバリ、ガリネリが製作し、魔法のニスで塗装され、300年の歳月を経た銘器でないとよい音は出ないと楽器商は言うかもしれせん。実際のところ昔の楽器商が販売のために創作したお伽話でおなか一杯になりそうです。
でも、楽器をちゃんと弾ける人なら分かることですが、正しい作法で製作された楽器は新作でも立派によい音で鳴ります。しかも、その多くはストラドのコピーですので、立派にストラドモデルの音で鳴っているのです。

それでも古い楽器が良いと感じるのは何故でしょう。ひとつは歳月と共に良質な楽器が自然淘汰を生き延びたことがあるでしょう。一方で木材は生き物なので、歳月とともにその材質が変化していきます。私も沢山の楽器を試奏遍歴して、古材でなければ出にくい渋い音色は確かにあると実感しています。時々情報を教えてもらう、ヨーロッパで製作している日本人作家によると、製作から100年程度をかけて楽器の音が変化していって、音量は100年頃に最大になるとのことです。私にはそこまで定量的な年数はわかりませんが、熟成にある程度時間がかかることについては経験則的に同意できます。

古い楽器を修理修復するというのは、中古の楽器をリファインし、歳月を生き延びさせて、良い音のでる、渋い老獪なバイオリンに育てるということです。実利的には、歳月を歴ながらメンテナンスにも恵まれて現役中の楽器は、漏れなく高価になっていくのがこの世界ですが、修理修復が必要な楽器ならば、比較的安価ですから、素性のよい中古を復活させることができれば、コスパは良く入手できます。うまくすれば学費の元くらいは取れるかもしれません。

修理のプロセスついて
ということで、師匠と卸業者の倉庫に行って買ってきた、そこそこ高価な楽器を、バラバラに分解していきます。ざっと、工程を書きならべると、指板をはずし、表板をはずし、ネックをはずし、ペグ穴を埋め戻し、ネックを付けかえ、指板を新しくし、表板のバスバーをはずし、厚みを正しく整形しなおし、横板をはずし、横板の厚みを正しく整形しなおし、裏板をはずし、裏板の厚みを正しく整形しなおし、今度は、逆順に、新しいブロックを作って、横板から順に、組み立て直していくっていう感じになります。まだ途中です。

これまでの工程について
指板をはずす
バイオリンは弦を指で押さえて音程を作ります。指で押さえた弦が触れる相手の部分が指板です。指板は黒檀という固く重い木でできていますが、使い込むと弦が触れる所がすり減って陥没してきます。普通は、表面を研磨して陥没を修復するのですが、大規模な修理では、指板を交換してしまいます。銘器と言われる楽器も、指板は新作でオリジナルではありません。

さて、はずし方ですが、専用のナイフを使って、ナットの隙間から、少しずつ剥がしていきます。膠で接着されているのでとても堅く、簡単にはとれませんが、慌てると楽器を壊してしまいます。接着面にアルコールを染み込ませながら、ナイフを進めていくと、ペリ、パリ、と剥がれる音がしはじめ、やがて、パリパリパリと一気に剥がれが進んでいくようになります。剥がした指板は、リサイクルして、他の部材を作ったりしますがいったん用済みです。修理には、専用の道具をいろいろ使います。海外から購入するものもありますが、自分で作ったり、百円均一でも購入できる日用品を、工夫したり改造することも多々あります。指板を剥がす剥がしべらは、ケーキにクリームを塗るパレットナイフを、短く切って鋭く研いで自作しています。

・ペグ穴をブッシング
弦を捲くペグは、本体との摩擦力で止まっているので、長く使っていると、本体の穴が擦り減ってきますし、ペグも軸ヘタって歪んできます。広がった穴は、新しい木で埋めるブッシングをして、ペグ穴を作りなおします。元の穴にぴったりの柘植の木を作って、膠で止めるのですが、膠を付けると木が膨れるので、接着作業はほんの一瞬で行います。簡単そうですが、正しいやり方を知らないと、一瞬で正しい位置に止めることはできません。

・ネックを切りとります
え?って感じですが、ネック部分も消耗品です。指板の付け替えなどで、何度もカンナを使うと厚みが減ってしまいますし、17世紀以前に作られた楽器にはバロックサイズのネックが付いているので、現代のサイズのネックに付け替える必要があります。高価な楽器のネックも、鋸であっさりと切ってしまいます。

・継ぎネック
楽器の糸箱やスクロールなどヘッドの部分は、作家の個性の部分なので温存して、新しいネックを継ぎ足します。継ぐためには、新しいネックを用意することと、古いヘッドとの継ぎ合わせ部の調整が必要です。これは、めちゃくちゃ難しい工程で、やらないと理解できないし、やっても理解と木工の技量がバランスしないと、うまく継ぎの調整はできません。
新しいネックを作りなおすこと3度、刷り合わせを調整するのに3か月もかかってしまいました、元のヘッドを削る分量には限界があるので、刷り合わせは、一定の削り量の範囲内で、ぴったり一致するように削り合わせていかないといけません。木工は得意な方ですが、こんな難しい技は初めて習いました。おかげで、曲面の擦り合わ工作はずいぶんと上達しました。ここも、膠での接着作業は一瞬で行います。失敗すると、3か月の作業が水の泡になります。緊張!まあ、なんとか上手くできたようです。

・膠の扱い方、
膠(にかわ)は動物由来のゼラチンです。日本の三千本膠なども使えますが、楽器専用の膠が売られています。ケーキに使う粉ゼラチンを溶かすように、湯銭すると簡単に水に溶けますが、接着作業は木工ボンドを使う要領ではダメです。
接着面の温度を十分に高くするために、ヘア・ドライヤや電気コンロ、電気毛布を使って材料を暖めてから、膠を塗り、塗ったら木が膨らむまでに俊速で接着位置を正しく固定する、かなり熟練が必要な接着材なのです。

・ニスを作る
ニスには大別して2種類あります。植物や動物由来の樹脂を、無水アルコールに溶かして作るアルコールニスと、樹脂をアマニ油などの乾性油と一緒にボイルして調合するオイルニスです。
樹脂の選択も深い沼ですが、アルコールかオイルか、古い楽器にはどちらのニスが使われたかになると、底なし沼で興味が尽きないところです。ニス伝説は既に廃れたおとぎ話になっていますので、現代の作家の多くは完成したニスを購入して、いかに美しく塗装するかという、工芸的な技術の方を重視しているようです。

私はそれでも、ニスを作ってみたいと思っています。修復を相手の楽器に使われたニスについて、素性から知っておきたいからです。アルコールニスは以前に作ったことがあります。その時に思いついて調べてみたら、17世紀には無水アルコールを精製する技術が未だ完成されていませんでした。バイオリン製作者は木工屋です、化学屋が持っていない無水アルコールを持っていたとは思えません。オイルニスが主流であった筈との個人的な思いから、オイルニスの製作も習い始めています。屁理屈はともかく、オイルニスは風合いがよく、上手に仕上げるとカッコいいので、それだけでも挑戦してみる値打ちがあります。

・オイルを煮る!
オイルニス作りは、リペア・レストアのカリキュラムにはありません。でも講師の先生が色々実験をしていることがわかって、お願いして教えてもらえることになりました。
まず、リンシード(アマニ油)を水洗い精製します。一方で、コロホニウム(松ヤニ)を鍋で煮込んで、奇麗なカラメル色に煮詰めていきます。松ヤニには揮発性の成分が含まれているので、鍋に入れて加熱すると、モウモウと煙と激しいガス化したテレピン(ターペタイン)の猛烈な刺激臭がします。民家の密集した住宅街で迂闊にやると、大変なことになります。
何時間か煮込みをつづけると、煙とガスは減ってきます。色がついていく様子は、匂いを除けば、砂糖でプリンのカラメルを作るような感じです。今はまだこの段階です。この後、煮込んだ松ヤニとリンシードを調合して加熱するとオイルニスができます。楽しみです。
オイルニスは油絵用のワニスとほぼ同じ製法なので、ワニス屋が楽器用に色付きのニスを作っていた可能性もあるようです。オイルニスは油絵同様に、乾くには相当の時間がかかります。待つのは面倒なので、現代ではUV灯を仕込んだ乾燥箱で硬化を促進します。一般には乾くと言われてますが、乾性油の分子が結合してゆくことにより硬化状態になるプロセスです。

・板厚を治す
表板も裏板も、厚さが適切でないものが多々あります。厚さは現代の標準的な厚みマップに従って、0.1mmの精度で修正します。古い板を削っていくと、明らかに新しい板とは感触が違います。表板と裏板では様相が違いますが、ざくっと言えば硬いです。経年でこんなに変わってるんだなと実感します。

中締め
長々と読んで頂き、有難うございます。修理作業は未だ道半ばです。あと最低でも1年はかかると思っています。本体の修理が済んだら、弓の修理も習う予定ですが、3年間でやり切れるか、時間との勝負になります。学校にも夏季などの休暇はありますが、同級生達も作業の遅れを取り戻す自習に使っています。自習中に、毛替えの手順を練習したり、ノウハウを情報交換したりもします。クラブ活動状態です。同期の中には、楽器屋にインターンに行く人や、中退してドイツの学校に留学した人も居ます。羨ましいですが人それぞれです。
私は、次に修理する楽器を、eBayで何ヶ月も探して、フランクフルトから購入しました。ボロボロに痛んでいて、商売的にはほぼ無価値のガラクタですが、幸運なことに古い木ならではの渋い音をしています。この程度から修理したものを、高級車並みの価格で販売してる店もあるので、買うよりも徳したかもしれません。本当でしょうか? 修理・修復は、場合によっては新作よりも工数がかかりますし、状態に合わせて、個別に1回限りの治具を作るので、製作以上に知識と技術が要ります。結局、工賃分を得するだけですが、同じくらい授業料を払っています。私はいったい何をしているのでしょうね。でも、楽しくて仕方ありません。

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